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Russ Pope


Interview by “CB” Ishii

 アメリカ・スケート界の表にはあまり現れないが、知る人ぞ知るまちがいなくキーパーソンの1人Russ Pope。BEAMS Tでのアートショーのために来日して、忙しい時間の中で長野や茨城でスケートして、昨日も渋谷の宮下公園で滑っていたというRuss Popeが編集部にやって来た。

●まず軽く自己紹介を。

Russ Pope(以下、R):1970年生まれの今44歳。この12年間はサザン・カリフォルニアのラグナに住んでいましたがちょうど半年前にボストンへ移りました。

●えっ! ボストンですか? どうしてまた?

R:今Converseで働いているんだよね。

●あれ?! それではもうVans(シューズ)では働いていない?

R:うん、働いてないよ。

●それってCons(Converse Skateboarding)ってこと?

R:ConverseもConverse SkateboardingもJack Purcellも含む北米マーケティングのシニアディレクターだよ。ずっとカリフォルニアに住んでいたからイースト・コーストはまだまだ馴染んでないんだ。

●なぜマーケティングなんでしょうか?

R:今までずっとマーケティングをやってきたんだ。僕は自分の個展やペインティグ等のアーティスト活動と区別して、自分のアート・ワークが付いた商品等は沢山作らずに少しだけ作ってきた。Creatureを立ち上げた時も僕がデザインをせずに、プロダクション・アーティストを雇ってCreatureのデッキ・デザインをさせていたしね。ただ僕のアイデアでディレクションしていたよ。僕が描いたスケッチを見せてこんなシリーズのグラフィックをやって欲しいと言ったりね。僕はペインティングが好きだけど、プロダクション・アートをするのはそんなに好きではなかったんだ。僕からしてみるとプロダクション・アーティストは他の人の意見も聞かなくてはならないからファイン・アートとはだいぶ違っていると思ってた。ペインティングなら、単に自分の好きなことを好きに描くだけだからね。でも今やっているスケート・ブランドのTU(Transportation Unit)は自分で描いてるよ。誰かに見せてOKをもらう必要も全くないし、自分がやりたい様にやって、誰も買わなかったらそれはそれで良いんだ!どうにかするさ(笑)。

●ConverseはTransportation UnitをやることにはOKしているんですか?

R:うん、もちろんだよ。

●80年代ではスポンサードされていたほどスケートが上手かったと聞いていますが?

R:うん、Shorty’sのオーナーのTony BuyalosとかがライダーだったSmall Room Skateboardsっていう80年代後半のブランドと、Spitfire, Thunderからもサポートしてもらっていたよ。

●それでは、なぜその頃にCreatureをスタートさせたのですか?

R:Small Room Skateboardsを辞める頃にサンタクルズに移り住んでいて、NHS社でSMAとSpeed Wheelsのチーム・マネージャーを務めていたんだ。SMAで何年かチーム・マネージャーをやりつつ広告、映像のディレクションなどを経験してたら、何か自分でやりたいと思う様になって、自分の好きなホラー・フィルムのグラフィックのデッキがあったらクールだなって。幽霊を使った薄気味悪い物を作りたいなって。だからCreatureを始めたんだよ。

●それは何年ですか?

R:92年かな。

●その時はプロスケーターだった?

R:いや、プロではないよ。

●それではスポンサーが付く程上手かったけど、どこかでプロになるのを諦めたの?

R:う~ん、まぁもちろんキッズの頃はプロスケーターの夢に憧れて、Jim Thiebaud、Mic-E Reyes、Cardiel、Jason Lee等が出ていたアマチュア・コンテストにも出場してたよ。でもある時期から映像を作ったり、写真を撮ったり、アートピースを作ったり、マーケティングを勉強したり、広告を作ったり、、っていうことがとてもエキサイティングだと思う様になってきて、スケートボードにはコンスタントに乗っていなければダメだというプレッシャーも多かったし、僕はクリエイター・サイドにまわる方が良いと考える様になったんだ。もちろんチームメートとはスケートをしていたし、デモにも極力参加してたよ。チームのスケート・トリップも一緒に出かける様に努めた。でもプロスケーターになっていたら広告を作ったり、動画を撮ったり、スケートボードのグラフィックのアイデアを考えたり、カット&ソーの洋服を作ったりっていう経験は出来ていなかったと思うね。
だからこれらのスキルを学びながら僕は今でもスケートをしているんだ。今まで得てきたスキルでお金を作って自分の好きなスケート・ブランド“Transportation Unit”を作ってるけど、これでお金はそれほど生み出さなくても大丈夫なんだ。自分だけでやってるからプレッシャーは全く無いよ。僕にはそれの方が合ってるんだ。それにみんな僕よりスケートが上手いんだ。例えばJohn Cardiel、Johnは間違いなく僕より上手くて、圧巻だった。当時周りにいたスケーターはだいたい僕より上手かったか、または手に職があった。ハンドレールをみんながトライする様になってきて、どんどん大きなハンドレールに突っ込む様になってきてもう僕はあれはやりたくないなと。単純に速く滑ってターンして長くグラインドしてっていうのが僕にとっては一番楽しい。だから今こうなったのも自然な流れだよ。

●Creatureっていうブランド名は誰が名付けたのですか?

R:僕だよ。

●それではあなたがホラーとかゾンビ等の類いが好きだったんですね?


R:今のCreatureは僕が当時スタートした時とは違うものになってるんだけど、、

●昔のThrasherにCreatureの広告が載っていて、その隅っこに”この住所に$20を送れば店で売ってないTシャツとステッカーをゲット出来るよ”って書いてあって、僕のスケートの先輩が送ったらちゃんと戻ってきたんだ。僕らのローカルではCreatureはすごく人気があったから、実は今でもその広告にJason Adamesのサインがついてベッドの壁に貼ってあるよ(笑)。もう色も変わってるけど、、。

R:それって92年くらいかな?それとも98年?

●92年だったと思う。

R:それなら僕が送り返してる。その時は全部僕がやってたから(笑)

●スゴイ!(笑)

R:Creatureの動画の編集とかも僕がやってた。昔の白黒で作られたホラー映画が大好きだったから、ポスターのアートワークや霞んだ色などを使ったCreatureのグラフィックはかなり影響されてるんだよ。

●でもあなたがやったわけではないんですよね?

R:僕じゃない。僕はこういうのがやりたいからって伝えて、スケッチを描いてこの色はここにきて、、っていう具合に指示を出してた。だからあのアートワークのスタイルは僕の物ではないけど当時アートワークをやっていた人はあの手のスタイルの物が好きだったから上手く出来ていたと思うよ。

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