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EEK-A-MOUSE


Photo & Interview by Koji Yawata

2m近い長身から繰り出す「♪ばんばんでぃ~」と言う超オリジナルの脱力スキャットで押して押して押しまくってそろそろ40年のイーカマウス。初来日の彼にディープ・インタヴュー。

●改めてバイオを確認させてください。

EEK-A-MOUSE(以下、E):57年生まれだ。いや、「ミッキー・マウス」が名前の由来ではない。俺はオリジナルなマウスだ。もともと「イーカマウス」という名前の馬がいたんだ。競馬に。毎回負ける馬だったんだけど、毎回その馬に賭けていたんだ。ただ、ある時に一度だけ賭けなかったんだ。そしたらその時だけ勝ちやがったんだ。そんな出来事があったりして、周りが自分のことを「イーカマウス」と呼ぶようになったんだ。

●そうなんですね(笑)。

E:最初は本名のジョセフ・ヒルトンとして始めたんだ。「My Fathers Land」が最初の曲だ。74年だ。自分でEEK-A-MOUSEというレーベルからリリースしたんだ。「イーカマウス」と呼ばれるから、そのレーベル名にしたんだ。ただ、もう自分のことを周りが「イーカマウス」と呼ぶ中で自然とアーティスト名にもなったんだ。

●いつから歌い始めたんですか?

E:いつから、って・・、そりゃ子供の時だろ。日曜の朝は教会に行くだろ。そこで歌うだろ。5歳ぐらいで人前で歌って小銭をもらったりしたよ。特に歌い始めるきっかけなんてないよ。周りに音楽は流れているしな。スカからだ。スカからロック・ステディ、レゲエって続いている感じだ。

●初めてイーカマウスさんの曲を聴いた時に、歌詞の「ばんばんでぃでぃんでぃん~」とかに衝撃を受けました。イーカマウスさんのオリジナルなスタイルですが、それはどういったきっかけなんですか?

E:カレッジの時だ。イカれた先生がいたんだ。その先生がピアノを弾くのに合わせて歌わされたんだ。でも、即興の演奏で歌詞もないから、仕方なく「ばんばんでぃ~」って歌ってたんだ。それを友達が「良いからもっとやれ」って言ったんだ。それがきっかけだ。人の意見は聞くべきだ。

●ブレイクしたのはヘンリー“ジョンジョ”ロウズのVOLCANOからの作品からだと思っていますが、それ以前にもJOE GIBBSとかからリリースしたりしていますよね?

E:ジョー・ギブスは近所だったからな。それで何曲か録ったりした。ああ、エロール・トンプソンがエンジニアだった。ただ、自分とはあまりスタイルが合わなかっただけだ。あと、それは時期が後だけど、リタ・マーリーからTUFF GONGと契約する話ももらった。実際にボブ・マーリーのバンドとセッションしたりもしていた。ああ、そうだ、ザ・ウェイラーズだ。ボブ・マーリーのホープ・ロードの家にも出入りしてた。色々と見た光景もある。

●ジョンジョとはどうやって出会ったんですか? ご自身から出向いたんですか?

E: 俺からじゃない。ジョンジョが俺のところに出向いて来たんだ。俺はサウンド・システムでも歌っていて、その評判を聞きつけてジョンジョから俺のところに来たんだ。当時のジョンジョは、まだリンヴァル・トンプソンの知り合いぐらいな感じのヤツだった。

●そのジョンジョとの出会いによって、大きくブレイクします。

E:そうだな。ジョンジョと最初に録ったのは「Noah’s Ark」だ。UKのGREENSLEEVESで12インチでリリースされてUKでもヒットした。80年だ。

●そのジョンジョのVOLCANO、ジョージ・パンのPOWER HOUSEとかを中心に、現在で言うところの「80年代ダンスホール」が盛り上がっていきます。イーカマウスさんはその中心にいました。それは何をきっかけにして盛り上がったか教えてもらえますか?

E:ボブ・マーリーが死んだからだ。81年に。それまではボブ・マーリーがリーダーだった。ボブ・マーリーがルーツ・ロックだったから、みんなそれをトレンドとして追ってた。ボブ・マーリーが死んだことでプロデューサー達は追うことをやめた。新しいものを求めるようになった。それがきっかけだ。

●では、ジョンジョとかはそれを見抜く感覚に優れていたんですね。

E:いや、ジョンジョはプロデューサーであっても、所謂エグゼクティヴ・プロデューサーみたいな立場で、実際の楽曲をプロデュースしてたわけではない。ミュージシャン、アーティストとかをスタジオに集めてレコーディングさせたりはしていたけど、実際の楽曲は俺達が作り出していた。

●ジョンジョと言うと、スタジオはチャンネル・ワン、バンドはルーツ・ラディックス、エンジニアはサイエンティストのイメージがあります。

E:そうだ。ジョンジョから「何曜日にチャンネル・ワンでセッションする」と連絡があるとみんなで集まったんだ。イエローマン、バーリントン・リヴィ、リトル・ジョン・・、そこで、ルーツ・ラディックスとセッションして作ってたんだ。

●何名かの他のアーティストの名前も出ましたけど、当時にライヴァルと感じていた人はいましたか?

E:ライヴァル? いないよ。みんな自分達のスタイルを持ってた。それをみんなが追求していた。お互いをそういう見方はしたことはない。

●ルーツ・ラディックスのことも聞かせてください。彼らの存在も「80年代ダンスホール」にも、イーカマウスさんのブレイクにも大きく貢献したと思っています。

E:それまでのスタイルとは違っていた。スタイル・スコット(ドラマー)は軍隊出身で、軍隊の楽団の叩き方、それを持ち込んだ。ミリタリー・スタイルだ。フラバ・ホルト(ベース)もこんな感じで(と実際にベース音を歌ってみせて)、そうだ、それまでよりも音数を減らしてタイトに弾くんだ。あと、ドワイト・ピンクニー(ギター)もそうだし・・、そうだな、バンドとしてもだけど、メンバー全員がそれぞれにオリジナルのスタイルを持っていて、それが新しかったんだ。

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