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Chozen Lee And The Bang Attack


Interview by Koji Yawata Photo by Natsuhide

4人組レゲエ&ダンスホール・アーティスト集団=FIRE BALLのメンバーとして活躍し続けているCHOZEN LEE。FIRE BALLとは別に結成、活動を続けてきたCHOZEN LEE AND THE BANG ATTACKが初のアルバム『THE ALBUM』を完成させた。

●「CHOZEN LEE AND THE BANG ATTACK」、改めて結成した経緯を教えてもらえますか。

CHOZEN LEE(以下、C):最初は「Miss Okinawa」(13年)という曲ですね。でも、その前からずっとYOTA(YOTA KOBAYASHI・Guitar)とは、よくセッションしたり、家に行ったりして一緒に曲を作っていたりしてたんです。それが、バンドの本当の前身になります。で、沖縄に行った時に「ミス沖縄」というコンテストみたいなのをやっていて、その「ミス沖縄」という言葉が自分の中に残っていて、それを基にYOTAと「Miss Okinawa」を作ったんです。で、それをバンドで録りたいと思って、思いあたるメンバーを集めることにしたのがきっかけです。

●自分で集めたメンバー。

C:そうです、一人一人に俺が自分で声を掛けました。選ぶ基準としては、他のバンドとメンバーが被らないコトは意識しました。あと、インストゥルメンタル(演奏)の部分では、YOTAが中心人物になりますので、YOTAに合うメンバーを考えたりはしました。SHINJU(SHINJU KOBAYASHI・Bass)はYOTAと兄弟ですし、合うだろう、と。Mi3(Keyboard)もみんな横で繋がっていますし、お互いの演奏とかも知ってますし、大丈夫だろう、と。あと、SEAI(Drums)に関しては、震災後に沖縄に移ったんですけど、もともとは近くに居ましたし。久しぶりに沖縄で会ってセッションした時にSEAIがカホンを叩いていて、「コイツ、随分格好良くなったな」と思って、いつか一緒に演りたいとは思っていたんですよね。そうですね、全員レゲエと言うか、FIRE BALLとかの活動とかで知り合っていた感じです。

●YOTAの存在が結成の理由にもなっていますね。

C:YOTAの音楽センスを買っていたと言うか、YOTAはレゲエもやるけど(STONED ROCKERS他でも活動中)、俺の無いところをいっぱい持っているし、それが育った環境かなんだかはわからないですけど、ソウルだったり何だったり、レゲエ以外のジャンルの音がYOTAから聴こえていたんですよね。で、俺もレゲエはずっとやり続けていて、自分のベースになっているけど、レゲエに出会ったのは中三(中学三年生)ぐらいからなんですよね。そこからはレゲエにのめり込んでいくんですけど。でも、それ以前に聴いていた音楽も自分の中の刺激として存在しているし、なんかYOTAならそれも理解できると言うか、YOTAとなら面白いことができるんじゃないかな、と思ったんですよね。YOTAとならお互いのそうした音楽的な振り幅みたいな部分を引き出し合えるかな、とは思いました。

●最初は「Miss Okinawa」のためのバンドとして結成。

C:いや、その時点で、このメンバーでバンドをずっと続けていくことは決めていました。でも、俺もFIRE BALLもありますし、メンバーそれぞれの活動もありますし、大阪、沖縄在住のメンバーもいるので、なかなか全員が揃わない、スケジュールが合わなかったりして大変だったりもするんですけどね。

●ソロ活動のためのバンドでもない。

C:そうですね。ソロとしてもアルバムを出していますけど(09年『RIZE UP』)、THE BANG ATTACKに関しては、ソロの一面もありますけど、あくまでもバンドです。ソロとしてのセカンド・アルバムではなくて、バンド・アルバム。バンドとしてのファースト・アルバムです。

●結成する際にはメンバーにどういうバンドを目指すと伝えたんですか。

C:うーん、「バンド」ですね・・、なんて言うかな、レゲエだと「フロント・マンとバンド」な感じが多いじゃないですか。バンドはあくまでもバック・バンドみたいな。そうではなく、メンバー全員が主役と言うか、一人一人が主役となるようなバンドですね。俺の中での「良いバンド」って、全員が主役になっているんですよね。周りの意見も聞いて、今は「CHOZEN LEE AND BANG ATTACK」となっていますけど、ゆくゆくは「THE BANG ATTACK」だけにしたいと思っています。今回のアートワークとかもそれを意識しています。俺のことを知らない人達にも聴いてもらいたいのもありますし。

●楽曲制作もバンド全員で。

C:曲のベーシックな部分は自分とYOTAが作って、それを全員で集まってセッション、アレンジしていくやり方がほとんどですね。だから、時間も掛かるんです。全員がなかなか集まれないし。やっぱりデータのやり取りとかではなくて、全員が集まらないと生まれないんですよね。最初の頃はスタジオを借りてセッションをして、アルバムの制作作業に入ってからは全部自分のスタジオで作りました。

●『THE ALBUM』はいつから制作されていたんですか。

C:「Miss Okinawa」の時からアルバムを作ることは決めていました。だから、12~13年頃からになりますけど、その後に「Hawaii A Iko」をリリース(16年)したり、あと(『THE ALBUM』に入っている)「DISCO」「人生」「忘れた話」とかも作っていましたし、ライヴで演ってましたし、「LOVE YOURSELF」は2年前かな、あとは入れなかった曲とかデモもたくさんありますし、ずっと作ってはいたんです。それで、昨年の暮れぐらいから集中的に制作した感じですね。

●バンド結成のきっかけや経緯の通り、『THE ALBUM』は所謂「レゲエ・アルバム」ではない作品になりました。

C:「せっかくこのメンバーとやるのなら」と意識的にレゲエをハズそうと思った部分はあります。全員レゲエをやってますけど、それ以外のジャンルもバック・グラウンドにはありますから、意識的にレゲエとか、あと、自分の「FIRE BALL」とか、全部取っ払っていますね。それもあって、(所属している)MIGHTY CROWNからではなくて、自分のレーベルSOUND OF DELIGHTからリリースしていたりもしているんです。いや、作る予定ではいますよ、自分のソロのレゲエ・アルバム、セカンド・アルバムは。それはMIGHTY CROWNからになると思います。

●『THE ALBUM』は様々なジャンルを横断した内容となりました。

C:まぁ、このメンバーで作るなら相当とっ散らかったものになるとは思っていましたけど、想像以上だった部分はあるかもしれないです。かなりヴァラエティに富んだアルバムになったとは思いますね。「あの人ならアレ」「あのバンドならアレ」とか言われる人達には憧れはありますけど、そうはならないですね。もともと計画的に物事を進めるのが苦手と言うか、「直感」だったりするんですけど。作り始めた時と全く変わった曲とかもありましたし。でも、それゆえにアルバム全体を考えて外した曲もありますし、「もっとこういう曲を」とか考えて作った曲もありますし、自分としてはアルバム全体を三つのパートにして曲順や構成を考えたりはしました。それは聴いてもらうしかないんですけど。そうですね、インスト曲、インタールードとかもありますし、頭から最後まで通して聴いてもらいたいですね。

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