• OVERHEAT MUSIC

田我流
B級映画のように2


Interview by 有太マン Yutaman

疲弊した地方の姿を浮き彫りにして話題をさらった映画「サウダーヂ」で主役を演じ、2枚目となるソロ・アルバム「B級映画のように2」をリリースしたMC、山梨はstillichimiya代表、田我流。

今また話題となっているのは、6月9日に地元山梨で開催される、前座にTHA BLUE HERBが登場するリリース・パーティー。その経緯を聞くと、「電話がかかってきて、『リリパやんだろ?前座やってやるぜ』って」と、粋な計らいがあったとのことだった。
 映画に続いて起きた3・11、原発事故を経て、新進気鋭のMCの心に何があるのか。ライブへの意気込みを聞くところから、インタビューは始まった。


●ライブ・セットをきれいに組もうとし過ぎていた?

田我流(以下D):もう一ヶ月くらい前からほぼ毎日スタジオ入ってるんですが、でもある日便所に入って「やべぇ、忘れてた」って、そこで気付いたんです。「オレ、すげえ良く組まれたライブをやろうとしてたけど、誰もオレのそんなステージ期待してねえじゃねえか」と思って(笑)。結局練習はその日までにオレのメンタルを高め上げるものでしかなくて、あがくか、何もしないで坐禅でも組むか、どっちかみたいな。

●ご出身の山梨ですが、今までヒップホップ・シーンとして、聞いたことがありませんでした。

D:一番古いラッパーで、オレの3つ上の人たちじゃないかと思います。オレが1982年生まれなんで、35歳くらいの先輩方ですね。

●名前の由来は?

D:オレは本名が田村隆っていうんですが、中学の授業中に音読みで「デンソンリュウ」って大声で言われて。それは軽く傷ついたと共に「やべぇ、オレの名前格好良いじゃん」って、謎のショッキングな出来事で。でも、ラップ始めた時の名前は「チャージ」でした(笑)。

●それが「田我流」に変わるのは?

D:実はそこにワンクッション、ヒップホップの後に一回バンドというか、ノイズ・ミュージックを自分でつくってた時期があって。それはヒップホップでバンドやった時にフィードバックに興味を持って、遊びながらそれがノイズ・ミュージックだと知り、急に他のフリー・ジャズとかサイケとか、「こういうヤバい音楽があんのか」って触れていったんです。そうやって一旦サイケ・バンドをやって、またラップをやり始める時に「田我流」を使おうって。それは稲作民族というか、田んぼに必要なものは水じゃないですか。水が一番大切で、田んぼっていうのは日本人のメンタリティというか、そこに常に流れている水とフロウをかけて、「田我流」。

●映画「サウダーヂ」で描かれた「地方の疲弊」は予々感じていた?

やっぱりそれはモロで。

●最初からああいうテーマを描きたくて出演された?

D:例えばオレのファースト・アルバムに「アイス・シティ」って、身近な視点で地方の疲弊を歌った曲があるんです。その曲は監督の前作や「サウダーヂ」とすごく似ていて、それで意気投合してということがありました。だからもともとつくろうとした、訴えようとしている問題が近かったんです。

●むしろ御自身から持ちかけた?

D:それはないですが、監督は「お前等の映画やるから」って言ってて。そして映画から受けた大きな影響は、「社会にこういう人がいます」ってことを監督は一人の登場人物、メタファー、メッセージに変えて提示するわけじゃないですか。今までは歌詞でも、すごくダイレクトにただ物事を書いていたけど、まず初めに主題があって、その主題から逆のつくり方をしていくというか。それは、そこにまず主題があるわけだから、今回のアルバムに関しては「メッセージ自体が強固じゃないと、ものがつくれなくなっちゃった」みたいな、「本当にこれがオレの訴えかけたいメッセージなのか」という自問自答が強くありました。

●内面に抱える暗闇を「泥の河」と表現されています。実際に今まで蓋をしてきたものを覗いてみて、どうでしたか?

D:今回、何ヶ月間か他人から断絶されて生活したり、「何でこういうコンプレックスが生まれたのか」、その元を探ったり、いろいろ試してみたんです。もちろんコンプレックスって誰でもあると思うし、幼少期のコンプレックスとか、下手すればそれが精神病になっちゃったりとかする人もいる。やっぱり「痛い」ことを受け入れるって辛い。でも、受け入れないと先が見えなかったり、根が正せなかったりして。

●恐れやプレッシャーは表現行為の「悪友」であると。

D:最終的に自分の内面を覗いて思ったのは、バカバカしい話かもしれないですけど「オレの中に神がいるな」って(笑)。ありきたりの表現ですが、どの人の中にもやっぱり神様がいて、良い部分も悪い部分もあって、全部が一体となっている。最終的には自分のコンプレックスを責める必要もないし、それは自然現象の一つだから、己のすべてを「自然」って考えたら受け入れられると思うんですね。そうすれば、例えば世間一般に「恥ずかしい」と思われている概念も意外と恥ずかしくないし、「恐い」と思われてるものも、実は意外と純粋なだけだったり。その上で、己の直感がもたらす結果のみに人生を集中させてそこにフォーカスを当てたら、どんだけ人生面白くなるんだろうって。今、完璧にそういう生き方で、仕事も辞めて、本当に好きなことだけやって、どこまでいけるかやってみる。その方が面白いんじゃないかと思ってます。

●学生時代はヤンチャだったか、または不良とか、どういう存在でしたか?

D:まわりには不良のやつが結構多くて、チーマーとかヤンキー、あとは日本で謎にプーマのジャージ着て「赤ギャング・青ギャング」があった時代なんですけど。でもその時にもうオレはヒップホップでした。

●ヒップホップも「不良が好む音楽」とされる側面もあります。

D:でもYOU THE ROCK★さんとかを聴いた時に「あ、違うんだよ」って思ったんです。「そういうんじゃねえんだ。オレみたいなやつでもいけるんだ」みたいな。別にワルでもないし、でも音楽だけやってて「お前らよりもオレの方がカッケェよ」みたいに言えるって格好良いなって、そう思わせてくれるのがヒップホップでした。それで意外と、すごいワルの人って結構静かで「よく物事を見てるな」ってことにも気付いたんです。本当にオレがヤバいことをやったら認めてくれるというか、それがヒップホップだったり音楽で、オレがオレであることを誇れるし「リスペクトしてもらえる」っていう。


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