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Shing02
なぜ「僕と核」?(後編)


Interview by 有太マン Yutaman , Photo by Yoshifumi Egami

 福島における放射性物質による汚染が招く一つの結果として地域、友人、家族間など、あらゆる局面で生まれる「分断」があげられる。それは福島の外でもかたちは違えど「子どもがいる」、「いない」。「デモに参加する」、「沿道で傍観する」。「問題に興味がある」、「ない」といったかたちで人々の間に、見えなくとも確かに存在する溝としてそこにある。

 Shing02氏にインタビューを敢行したのは日本ツアー真っ最中、次週にはアジアツアーに出発する直前。

 作品としては、氏がNY在住の日本人ダブ・バンドCHIMP BEAMSの上を英詩で駆ける「ASDR」のリリース直後、ネット上には誰でもが観られるようにアップされたアニメーション「PEDALS OF FIRE」が仕掛けられ、今後は「有事通信社」が控える、縦横無尽な活躍が続く。
 果たして音楽は、日常の中でおきてしまった分断を繋げ、うまれてしまった溝を埋めることができるのか。止めどなく溢れ出てくるかのようなクリエーションについてと、それらが持つ機能について聞いた。

●原発が良くも悪くも人間の進化と共にあるとして、音楽やヒップホップも、それはご自分で実践されながら、同じくそういった技術、文明の進化と呼応しながら前に進んでいると感じますか?

Shing02(以下S):言っても、僕もそんなに長いわけじゃないし、まだそんなに長く生きているわけじゃないと思っているんですが…

●キャリアは何年になりますか?

S:17年です。それで例えば、2000年くらいから今までを考えても、一番目まぐるしく変化したのは「情報共有の仕方」だと思うんですね。それは音楽に限らず何においてもそうで、ソーシャル・ネットワークが爆発的に人気が出て、とはいえ僕は必ずしもそれをいいとは思ってはいないんですが。それは2つ3つの会社が、そういったソーシャル・ネットワークのモノポリーを持って、その会社の意向が変わればみんながそれにアジャストしなきゃいけなくて、しかもそれに頼ってしまうというのは良くないと思っています。実際にそういったものに音楽が影響を受け、つくり方とか売り方とかの形態がすごく変わっているじゃないですか。それで中には、売ること自体を考え直したり諦めている人もたくさんいて。今はそのやり方をみんなすごく試行錯誤したりしていると思うんですが、僕自身の手応えとして音楽はそんなに変わっていると思いません。

●それは核心の部分において?

S:いや、普通に内容というか、確かに細分化している部分はありますが、音楽自体は結構退化しているというか。その代わり、映像はボーンッと手軽に進化しているような気がします。

●「僕と核」の複雑な内容に反してわかりやすい言葉遣いと、Shing02楽曲における、日本語と英語両方のリリックを含めた、時に難解な言葉遣いは「これで伝わる」、「こう伝える」と確信犯的にやっているのか、それなりに試行錯誤の結果でしょうか?

S:何においても試行錯誤だと思います。例えば「インフォ・グラフ」という、「インフォメーション+グラフィック」はある意味当り前の言葉ですが、それもここ最近になって流行っているというか。そこで、グラフィックにして関係図をみせるやり方でものを伝えるというのも、すごい試行錯誤があるわけです。早見表や年表をつくったり、それだってすごく意図が表れるものだと僕は捉えていて、そこでも、色の一つからして試行錯誤がある。だから僕としては、曲をつくっている感覚でグラフをつくったりレイアウトを考えたり、そういうことはやっています。

●ラップでは、あえて一聴したのではわからないリリック、言葉使いだからこそ伝わることもある?

S:それはそう思います。例えば、昔の俳句なんかパッと聞いてわからないじゃないですか。何について詠んでいるのか、時代背景やタイミングとか、季語とか色々な要素がそこに詰め込まれている。僕は初めからラップはそういうものだと思っているので。

●とっかかりとなる言葉からある情景が見えて、その情景がまた新たな世界への入口になるような?

S:ラップが始まった頃というのも、自分のまわりの同じような環境にいる人しかわからない話を通して、それをみんなが外から見るというエンターテイメントだったと思います。今でこそ「より万人受けする、誰でもわかりやすいメッセージを」みたいになっちゃっていますが、これは内容に関してのことですが、本来はマニアックなものでいいと思うんです。

●方法論として「ヒップホップ」と呼ばれているものに対し、表現形態としての強さへの信頼は、ブレることはないですか?

S:そこは逆に、足りない部分を他の手法で補えばいいわけであって、どちらかを選ぶとかじゃないと思います。最近「PETALS OF FIRE」というアニメーションを出したんですが、ネットでフリー・ダウンロードもストリームも全部できるようにしてあるので、是非、観てもらいたい。それは2年間かけてつくったんですが、セリフも何もないアニメーションで、アニメーションは東京の田中宏大君が絵を描いて、僕が監督と音の監修を全部やりました。そういうこともやっていますし、基本は同じスピリットで、「これはできるだけ多くの人に無料で観てもらいたい」という考え方だったり、結局最終的にはプロモの力だと思ってもいます。僕らのやり方は、それが瞬時にバーッと広がるやり方ではないから、そこは弱いといえば弱い。それでもジワジワでいいから、本当にいいと思ってくれた人の力で広まっていけばいいかなと思っています。

●たくさんの表現手段で恒常的に発信を続けている、もともとのモチベーションはどこからきていますか?

S:実際にやりたいことが多岐にわたって器用貧乏みたいな感じになっちゃったり、終わっていない大きいプロジェクトが何個もあったりすると、本当にストレスになるんです。終わっていないことがストレスというより、終わってないと「新しいことができないんじゃないか」みたいな風に思ってしまう。

●外からは、全部しっかりとできている印象です。

S:結果的にはそうですが、それなりに1年かかったり2年かかったり、自分が納得するまでにはすごく時間かかってしまう。例えばレポートも全部一人でやってるし、アニメも2人で仕上げ、チームとか会社でやっているわけではないから、それは同時進行していくのが結構大変でもあります。

●とはいえ、選択として大きなチームに属さず、意識的に少数精鋭といった状況を維持しているのではないですか?

S:それも結果論です。もちろん、僕のすごく仲の良い友達で、映画監督をやってたり、俳優をやってたり、色々な組織の中で動いていい仕事をしている人たちもたくさんいるので、それはいい勉強になりますね。

●では多岐に渡る表現形態において、「ヒップホップだからこそできること」は何だと捉えていますか?

S:そのスピリットは、一つには「そもそもルールはない」、「何でもあり」というか、それは音楽に対してもそうですし、タブーとかは本当はあるべきじゃない。それこそノー・リミットな部分といいますか。

●そういった、文化に対するファースト・インパクトは何でしたか?

S:小さい時はロンドンで育ち、一応当時もブレイクダンスとかは見ていましたが、そこから5、6年のブランクがあって14、5歳でアメリカに行き、ラジオとかで音楽を聴き始めるわけです。それでちゃんとしたシーンに出会う18歳になるまで、当初は単純に「音楽として格好いいな」という感じでした。だから本当に徐々に、徐々にですね。

●一般的には、文化の本質が「全部、自由なんだ」とわかるのは、それなりの経験を経てからということが多いかと思います。最初からその自由さを感じたんですか?

S:僕はUCバークレーという学校に行って、そのバークレーとかオークランドの土地柄に触れるまで、「音楽は政治的なもの」という考え方はまったくありませんでした。だからそれこそ、こっちから見たら黒人の人たちはすごい才能もあるし格好いい音楽をつくってて、同時に「なんでこんなに怒っているんだろう?」と、そこの部分がわからなかったんです。だってどちらかというと「羨ましい」くらい思っているわけで、でも現状としてアメリカには人種差別もまだまだあるし、もちろん奴隷に始まるそういう歴史もあり、それが根深く残っているんだという、その「差別」を痛感したわけです。

●自分自身も日本人として、アメリカの土地で少なからずそれは共有できる感覚だった?

S:そういう風には思わなかったです。自分はそれこそアフリカ、タンザニアで育ったし、ずっと点々としていたので、僕自身は何を言われてもそんなに気になりませんでした。普通に、イギリスでも「チャイナマン」とか「ブルース・リー」って言われるのが日常茶飯事だったから、いちいち「人種差別を受けている」みたいには捉えなかったです。

●とはいえ、作品にはこだわった日本語による楽曲も多い印象で、自分のアイデンティティを強く意識する側面もある?

S:それも本当にたまたまです。自分が大学の時にはまっていた脈があって、それは例えば手塚治虫の漫画とか、突き詰めた神道や仏教の精神世界にもすごく興味がありました。大学の頃に遠藤周作とか三島由紀夫とかをかなり読んでいて、要するに「日本語の世界は格好いいな」と。きっかけはそれで、当時聴いてたアメリカのアンダーグラウンドの、ああいう風に矢継ぎ早に自由にライミングしていく感じを「これは日本語でやったら格好いいな」と思っただけのことなんです。

●理屈云々ではなかった。

S:あとは「あえて」ということがあるじゃないですか。それは「あえて人と違うことがしたい」と。でも同時に、自分でもスタイルが結構変わってきているということはわかってるんです。やっぱり昔の方がもっと自由にやってたと思うし、ある意味堅苦しくなっているところもすごくある。

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