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A writer goes to “ZEN” room (1)
(あるグラフィティーライター20日間の拘留)


Interview by 有太マンーYutaman
Photo by montanacolors@JP, Pablo Power, Yuta man

話の主の名は、Pablo Power(以下、パブロ)。90年代にアメリカで刊行されたグラフィティ雑誌を手に取り、彼のタグ・ネームを見ないことはなかった。所属しているクルーは「INKHEADS」という。例えばメンバーには、05年にT La Rock氏の初来日ライヴにライヴ・ペンターとして同行したクリス・メンドーサや、KAZEMAGAZINE issue3に掲載されたインタビュー、そして06年に初来日を果たしたJUST ICE氏のライヴDJとしての功績も記憶に残るCEROCKがいる。他にも、世界的な活躍を続けるアーティストのホセ・パーラや、マイアミ・ベースに特化したDJのレイジ・ジョンソンなど、豊かな才能が揃う。去る10月、パブロは来日を繰り返す他メンバーから数年遅れ、曰く「憧れの地」だった日本に初来日を果たすも、到着後6時間未満で逮捕された。結果として20日間を原宿警察署で過ごし、釈放された直後のパブロに聞いた。

●では早速、来日してから6時間で逮捕されるまでの経緯を聞かせて下さい。

Pablo Power(以下PP) 成田に無事着いた飛行機から降り、やけにスムースに税関を通過して、お金を換金しようとしたらバスがちょうど来たので、もしかすると飛行機から降りて15分後にはバスに乗っていた。仲間はみんな先に来日してたから、その時は1人だった。ホテルでやっとみんなと合流し、部屋でウェルカム・ショットを飲んで、着替えて歯を磨いて外に出た。仲間がアーティストとして招聘された渋谷の会場はホテルから10分くらいのところにあって、現地で山積みされたマーカーとスプレー缶を目の当たりにしたんだ。 それが思考回路が妙な方向に動き出した最初だったかもしれない。勘違いして欲しくないのは、来日する前には、それから自分がしてしまうことが頭に浮かんですらなかったということ。今思えば「イリーガルは禁止」とでも、事前に自分を強く戒めておくべきだったよ。それで会場から外を見ると、そこにはむき出しの線路があった。ビールを飲んで頭がさらにまわりだし、あとはCEROCKやホセが、「日本は何でも大丈夫」と10年以上も前に言っていたことが思い出された。「仮に警察に見つかっても余裕だろう」と思ってしまったんだ。

そこから先は、正直あまりはっきりと覚えてない。覚えているのは、線路に降りて壁に描いている時はもうみんなとはぐれていて、気付くと隣に警備員が立っていたこと。何を言ってるかわからなかったし、「大丈夫すぐ出て行くから」と伝えたのに、ずっとそこにいるから「これはおかしいな」と思って、その場を立ち去った。それからは、今考えると自分がしでかした大きな間違いが2つある。一つは、一度そこから離れた時点ではせっかく誰もいなかったのに、何を考えたか、わざわざ置き忘れたたった4本のスプレー缶を取りに現場に戻ったこと。 元の会場に戻れば山のように缶があるのに、なんでそんなことをしたのかわからない。おかげで缶を手にして自由が効かないし、焦っていたので、柵から変な体勢で落ちて顔と肘を地面にうった。それでもなんとか元の道には戻れて、そこでもう一つの間違いは、その時、自分が来た道の先で作業員らしき何人かが落し物を探してるのが見えたんだ。オレはそれがただの作業員だと思い、何も考えずに歩いて行った。するとなんとそれは、道路から線路を照らしてオレを探してる警官たちだった!つまり何も知らず、自分から捕まりに行っちゃったわけ。警官たちが叫んだりして大変だったよ。オレが持ってるスプレー缶とかを確認するたびにワーワー、ワーワー騒いでた。

●アメリカでは最近は描いていなかった?

PP:描いてない。言ってみれば、2000年頃から止めている。

●グラフィティから離れていたきっかけは?

PP:何とも言えない、妙な心境になったんだ。歳を取ったからかもしれないし、とはいえ10、11年前といえば、まだ思考は全く未成熟だった。同い歳でも早いやつにはもう「家を買う」、「結婚」とかいう考えがある中で、そんなことは欠片も大事じゃなかった。物事を1つの側面からしか考えられなくて、もちろんその中には尊敬する存在もいるし、そもそもライターやグラフィティ文化そのものを批判する気はまったくない。ただ、あるポイントから先に進もうとする時に、これは文化の性格上、発生する問題があまりにネガティブなんだ。一方にはまず警察がいて、当時オレは「次、逮捕されたら大変なことになる」という局面にいた。NYでヴァンダル・スクワッド機動部隊が編成され、それが自分の行動が最も活発だった時期と被るんだ。一度は実際に捕まり、アメリカでは一度でも罪を認めると大変なことになるので、とにかくすべてを全否定して切り抜けた。その時はなんとか釈放されたけど、本当にスレスレだった。

奴らは深夜、2ブロック先からオレがメール・ボックスにタグを描いてるのを見つけ、オレのところに駆けつけた時、ギリギリ描いていたマーカーは手元から離れていた。とはいえすぐそこの、瞬時にバレそうなところに置いて隠すだけが限界だった。ところが幸運にも、奴らは「確固たる証拠」としてのマーカーを見つけられなかったんだ。「お前だって知ってるんだ!」、「マーカーはどこだ!」と、1時間くらい狂ったようにあたりを探し続け、オレはその場に手錠をかけられたまま立ち尽くしてた。その間していたのは、「ステッカーを集めるのが好きで剥がしてたんです」、「どこにそのステッカーがある??」「知りません。怖がらすから、落として、風に飛ばされました」みたいなやりとり。奴らはオレが何かを描いていたことはわかっていて、でも描かれたものとオレを繋げる証拠を発見できなかった。それがヴァンダル・スクワッドだった。

●改めて「ヴァンダル・スクワッド」とは?

PP:基本的には警察と同じ、しかしグラフィティだけに特化した特殊部隊だ。奴らはいつもほんの少しだけ遅れているだけで、綿密にライターのメンタリティと習性を理解していて、時には驚かされることもある。裁判所に連行するための覆面車両に乗せられ、もちろん彼らは暴力を加えることはできないけれど、しばらく車内に座らせられていた。すると「『NEWS』を捕まえた」という情報がまわったらしく、覆面車両が何台も集まってきた。人数にして約10人、奴らの中には女、子供、髭の老人までいて、「お前を知ってるぞ!」、「お前は終わりだ!」とか言ってくる。オレは「何言ってるんですか?誰かと間違えてますよ。あなたたち狂ってる」と。でも、奴らはおかまいなしに「ついにやった!」とか言いながら、ハイファイブをしていた。その時に「NEWS」を捕まえることが、奴らにとってどれだけ価値あることかがわかったんだ。そこでオレは「ヴァンダル・スクワッドを極限まで怒らせた!」とは考えられず、心底恐怖を感じた。

24時間留置所に放り込まれ、裁判官を前にするまでたくさんのことを考えたよ。結局判決はいつも喰らう、ゴミ拾いとかのコミュニティ・サービスを一度やりさえすれば1年経てば消える罪だった。だから何度かそういった、本当にスレスレのタイミングがあり、裁判官からは「お前がここに来るのがパターン化してるようだ。次にここでお前を見たらライカーズ・アイランド(NYの刑務所)行きは決定だ」とも言われた。あとは自分の年齢と、この文化にはクリエイティブな側面と同時に、嫉妬やゴシップが渦巻き、さらには実際の喧嘩といった、ストリートな要素も大きい。元々はあくまで個人の楽しみとして、ミステリアスな、誰にも知られない存在としてやっていたことが、いつからか文化の仕組みの中に取込まれ、知らぬ間に他の誰か、「外で絵を描くのが好き」という共通点しかないような連中と同じ括りになってしまった。オレ自身は他がよく言う「システムをファックしろ。MTAと電車を破壊するんだ」みたいな、破壊的な思考を持ったことはない。いつも純粋に、線路内に入り、そこに戻った時に見る自分のタグにスリルを感じるだけだった。そういったこと全部が合わさって、一旦止めなきゃいけなかったんだ。

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